これでいいのだ

投稿者: | 2020年1月11日

 「これでいいのだ。」バカボンのお父さんのセリフです。スラップスティック(ドタバタ劇)の後、毎回必ずこの決まり文句で終わります。
 赤塚不二夫は生前『天才バカボン』の名前の由来をこう述べています。「フランス語のバガボンド「放浪者」からとった。サンスクリット語のバカボン(薄伽梵)は薄伽が徳で、梵が成就。煩悩を超えた徳のある存在なのだ。」と。
 つまりバカボンはお釈迦様の異名。たくさんの経典に「薄伽梵」と表記されています。お釈迦様は北インド各地を遊行(放浪)されたので、サンスクリット語もフランス語(元はラテン語)も、もしかすると同じ語源かもしれません。
 親鸞聖人が比叡山で学んだ仏教は「これじゃだめだ」という仏教。どれだけ修行をしても、どれだけ経典を学んでも「これでいのだ」とうなずくことができませんでした。9歳から20年間学んだ比叡山での仏教を棄てて、29歳の時に下山。京の街で出あったのが法然上人の専修念仏の教えです。やっと「これでいいのだ」という仏教に遇うことができたのでした。
 人生丸ごと「これでいいのだ」とうなずくことは、なかなか難しいことです。私たちの人生には「これじゃだめだ」があふれています。しかし、いつ自分の人生が終わるのか、それは誰にも分かりません。明日の命の保証なんてどこにもない。
 であるがこそ「これでいいのだ」と日々自分をうなずいて生きてゆけることが、どれだけ大事なことであることか。
 ともすると空しい一日を過ごし、禍根を残して後悔の内に終わってしまうかもしれない我が人生。スラップスティック(ドタバタ劇)の渦中であっても、最後には「これでいいのだ」といううなずきの内に終わっていきたいものです。親鸞聖人はその答えを「南無阿弥陀仏」と教えてくださっています。

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