祖母のこと

By   2014年3月13日

私の祖母は京女(きょうおんな)でした。
亡くなってもう20年近くなります。
聞くところによると実家は西陣織の織元だったといいます。

女学校(京女)のとき、
袴をはいて庭球(テニス)をしたといいますから、
当時としてはかなりハイカラさんだったのだと思います。

どんな縁か聞いていませんが、祖父と見合いして結婚。
私の父は三男ですが、五人の子のうち父までは京都で生まれました。

祖父は京都の学校で教鞭をとっていたそうですが、
急きょ叔母の寺(当寺)の後継者にならねばならず、
一家でここ九州福岡に引っ越してきたといいます。

当時の京都はすでに電車の走る大都会。
東京に遷都後も京都人の気質は「みやこびと」です。
それがひょんなことから、
ロクに電気も通っていない九州のド田舎へ行くことになり、
さぞ決断の要ることだったと思います。

祖母は死ぬまで「京女」でした。
テレビで「博多山笠」のニュース映像が出るたび、
「おいど(おしり)出してげさくな」とつぶやくのです。
そして「京都には祇園祭があって…」と、
いかに京都が“みやび”なところかを強調して…。

突然の来客にも、玄関先で
「おおきにありがとうございます。お茶漬けでも…」
と言っていたのを思い出します。
「京のぶぶ漬け」は大げさな話ではありません。
興味のある方は↓「ぶぶ漬け」の項目をご覧ください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E8%A8%80%E8%91%89

今思えば、本当に上がり込んで「お茶漬け」を所望した、
武骨な九州人も多かったのではないかと思います。

その祖母が一生かたくなに守りぬいたことが一つあります。
それは「フグ」を絶対に食べなかったことです。
魚は大の好物でしたが、「フグ」だけは口にしませんでした。

はっきり理由を聞いたわけではありませんが、
なぜなのかは、なんとなくわかっていました。
「フグには毒がある」と祖母の口から聞いたことがあります。

ここからは私の想像なのですが、
実家の父から、急きょ九州へ行く羽目になった、
かわいそうな娘への言いつけがあったのかと思います。
「九州では毒のあるフグという魚を食べる風習があるそうだ。
何があっても絶対に口にするな」と…

秀吉以来の「河豚禁止令」は、
明治21年伊藤博文によって解禁(諸説あり)。
とはいっても、やはり当時の「みやこびと」にとって、
九州は「毒魚」を食らう土地として映っていたのでしょうね。

親の言いつけを頑なに守り続けたことにも感心しますが、
魚好きの祖母に、美味しいフグを食べさせたかったなぁと、
いまさらながらに思うのでした。


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